岩屋城の戦没者


 

      天正14年(1586)7月14日〜7月27日
     岩屋城の戦いで戦死した高橋家臣と立花家の援軍の名簿です。 
     現在史料として残っているのは半数以下である。 


「四百二十七回目の法要

毎年七月二十七日に、紹運公の菩提寺である太宰府市西正寺にて、戦没者の遺族、 
関係者によって厳かに法要行われた。 高橋紹運の本家「吉弘」家では、東京世田 
谷区で執り行われている。 吉弘家、立花家から福岡にも必ず挨拶に来られる。 


高橋紹運は高齢の部下である藤内に城を降り、戦死するであろう全員の菩提を弔 
うようにと言い聞かせ、弥勒菩薩を手渡している。 中央にある小さな黒く四角い 
箱がそれである。 
藤内は泣く泣く言いつけ通りに山を降り、大宰府に「西正寺」を開き代々伝えら 
れている。戦没者の埋葬も藤内によるものであろう。 現在で19代目となる。 
 四百回法要の寄附者数は、75名で萩尾姓が最多でした。









 高橋軍 (岩屋城)

         高橋 紹運
北原 内蔵助
北原 鏡休
北原 摂津
北原 次右衛門
北原 外記
北原 八郎
北原 弥兵衛
屋山 中務少輔
屋山 太郎次郎

伊藤 次助
三浦 式部
野口 右衛門
梅田 兵右衛門
梅田 次郎三郎
更原 右馬介
辻  市之丞
中辻 左馬介
中島 筆人助
中島 大炊助

陣 三九郎
陣 左馬助
富元 忍留
簗瀬 三河守
市川 玄蕃
野田 右衛門
簗瀬 新助

馬渡 良輔
加藤 備前守
加藤 弥次郎

矢山 羽右衛門
水野 大学
井上 主水正
長田 大蔵
関 勘七兵衛
山下 刑部允
山下 九兵衛
伊藤 民部太輔
田中 安芸守
小島 監物

村山 刑部
村上 弥九郎

茂松 弾助
萱嶋 左京

萱嶋 兵部少輔
渊上 兵右衛門
樺島 吉助
行徳 備前
行徳 大蔵介
三原 和泉

山本 右馬允
萩尾 弥吉兵衛
木村 新右衛門
野上 右衛門
千里 隼人
戸坂 市之丞
黒岩 隼人
吉野 左京
森光 弾正
内田 出雲

鬼木 弥助
岡松 酒右衛門
佐藤 善之丞

八尋 源助
加藤 雅楽之助
広田 実祐
富久 仁助
橋本 善兵衛
橋本 喜平
藤野 勘内




吉田 右京 兼正
西山 織部
野村 弥助
工藤 弥兵衛
木原 市之丞
萩尾 龍介
黒野 源三郎
伊部 市之允
甲斐 新助
内山 蔵人
平野 運慶

伊藤惣右衛門 
梅田新右衛門
伊藤 八郎
辻 治右衛門

萩尾 麟可
萩尾 大学
江渊右衛門大夫
江渊 四郎

江渊 平内
高橋 越前

今村 主計頭
今村 喜助
染川 但馬守
福田 閑与
原 伊豆守
簗瀬 伝吉兵衛
今村 弥五郎
今村 源内

今村 永沢
今村 右馬充

中島 喜助
中島 三助
中嶋 掃部介
中島 了甫
川越 ??
窪山 内蔵允
園部 主計
長松 加賀守
土岐 大隅守
水城 喜助

渋江 仁右衛門
渋江 四郎兵衛
渋江 主馬助
行徳 右馬允
園木 杢助
園木 左助
藤 和泉守
藤 織部

大石 七兵衛
田原 運沢

井田 三郎
轟 三助 
林田 三郎
小川 宮内少輔
小河 新右衛門
麻島 孫太郎
麻島 新右衛門
麻島 新右衛門
弓削 次郎三郎
弓削 矢五郎

原 越後
内田 内謄介
久保 森助
久保 助右衛門
今村 弾正
今村 刑部
今村 真塵
今村 助右衛門
平井 民部右衛門
横小路 市助

木下 杢助
木原 監物
大原木市助
米蔵 市助
米蔵 新四郎
中島田作允
財部 式部少輔
小川 備後
内山田 蔵人
財部 新四郎


立花家 (援軍)

井手 七郎左衛門
内山 新之助
甲斐 勘解由
森 善兵衛
伊部 四郎兵衛
江淵 蔵之丞
麻生 外記
後藤 多兵衛
原田 次郎
日高 甚八
村尾 弥平次
 
中津 治部少輔
弓削 了意
弓削 七郎
弓削 善右衛門
土師 七作
土師 兵部大柄
関 内記
三原 紹心
伊藤 九華

簗瀬 与吉兵衛

今村 吉兵衛

今村 内蔵助
弓削 玄慶

帆足 備前
荒川 隠岐守
帆足 新三郎
荒川 伊豆守

中野 九郎
中島 三五兵衛
中嶋 刑部允


川波 甫月
合原 因幡
川崎 右衛門尉
鬼木 左馬介
成富 新五郎
成富 次郎兵衛
松延 勘七郎
石松 弥助

川端 勘助
原口 喜助

赤坂 運鉄
赤坂 市正
赤坂 治部少輔
伊藤 孫三郎

高松 勘解由
高松 六郎
山橋 内蔵允
行徳 次郎三郎
縁松 治部少輔
福嶋 主水


吉野 右馬丞
光行 源次郎
瀬戸口 市之丞
稗田 四郎三郎
幡崎 長門守
幡崎 隼人
中願寺 和泉

中願寺 孫太郎
平山 何右衛門
平山 隼人

上村 刑部兵衛
鬼木 外記
横地 勘助

綾部 山城
綾部 刑部
木野 八郎
木野 新兵衛
花田 宮内少輔
花田 弥助

花田 重右衛門

大町 隼人

中川 三郎
坂口 右衛門
戸渡 喜助
大塚 七郎
今村 太郎五郎
合 大蔵

市留 善九郎
篠原 源内
戸渡 刑部丞




後藤 新五兵衛
大町 備前

泉原 右京
安藤 蔵人
黒野 出雲

松岡 七郎九郎
本田 右馬助
宝珠山 伊予
神志奈 孫三郎
原口 蔵人

城島 藤四郎




「屋山家の伝承」

岩屋城主高橋紹運には、家老「屋山中務種速」がついており戦いの時には、必ず岩屋城を護っていた。「屋山がいては、岩屋には手を出せぬ」とまで言われている。
岩屋城落城と、父中務の死を聞いたその子供「十三歳の太郎次郎」は、必死に押しとどめる母を振り切り敵陣へ一人突撃した。

子供と知った島津軍は捕らえようとするが、死ぬ覚悟で向かって来る太郎次郎のためにけが人が出て仕方なく苦しまぬ様にと一太刀で殺した。


何とか追いついて来た母の目前でのことであり、母はその場で失神してしまう。
母の手には、行かせまいと必死に掴んでいた息子の半袖がちぎれて残っていた。その後の母は、残されたこの片袖を寝ても醒めても眺めつづけ、涙の月日を送った。

現在でも屋山家の子孫には、この太郎次郎の「
白麻地、藍文」の遺袖が今なお秘蔵され伝承されている。 守りの中務、攻めの大学両者とも戦死した。屋山中務は、紹運公の側で大学は多くの士と一緒に紹運公のすぐ下で静かに眠っている。